かわら版担当のレース参戦記 第4戦マレーシア

 スーパーGT第3戦富士大会終了後の5月21、22日の両日、鈴鹿サーキットでのタイヤメーカー合同テストにTeamJLOCはガイヤルド87号車と、66号車のゼッケンをつけたル・マン参加車両、ムルシエラゴRGT-LMを持ち込み、それぞれセットアップとシェイクダウンを行いました。


かわら版担当のレース参戦記 第4戦マレーシア

 今回のテストには、88号車の松田選手も参加し。87号車のセットアップに助言、87号車レギュラードライバーの井入、和田両選手と意見交換をしました。ル・マン車両の方は余郷選手と今回初参加の山岸大(ゆたか)選手が交代でドライブし、シェイクダウンと共に問題点の洗い出しを行ったわけです。
 結果的に87号車のセットアップはかなり進み、次回のマレーシア戦ではシングル入賞を狙うべく、高い次元での目標が立てられました。


 スーパーGT車両はその後メンテナンスファクトリーで3台とも整備されて、東京お台場よりマレーシアに向けて船便で送り出されました。そしてル・マン車両は時間がないのでフランスに向けて空輸されたのでした。
 ル・マン24時間レースは6月13日午後3時から24時間のレース、則竹監督や余郷選手をはじめJLOCスタッフなど一行は16日に帰国し、すぐに19日からスーパーGT第4戦マレーシア大会に参加という過密スケジュールです。


 スーパーGT第4戦マレーシア大会は6月20、21日の両日、マレーシア、セパンインターナショナルサーキットで開催されます。
 セパンインターナショナルサーキットは1999年3月9日に完成・オープンした国際格式のサーキット。このサーキットはクアラルンプール国際空港の東3.5kmに位置するため空港からはすぐ行けます。V字に繋がる2本の長いストレートが特徴的なコースは5,543mの全長を持ち、決勝ではこのコースを54周します。
 TeamJLOCは6月19日、サーキット24、25番ピットにガイヤルド87号車、88号車と、ムルシエラゴ66号車を持ち込みました。今回は3台とも順当に行けば上位を狙える仕上がりになっており、期待が持てます。特に87号車は鈴鹿合同テストの成果をレースに反映できるチャンスでもあります。
 なお、ウエイトハンデ等は前回のままで、相変わらず不利な内容ですが、チーム力とドライバーの腕が勝負の鍵となってくるでしょう。日本での大会と同様、土曜日が練習走行と予選、日曜日が決勝です。


 土曜日午前8時から車検、9時からドライバーズブリーフィングがあり、10時には練習走行が始まりました。空模様は時折雨が降るどんよりコンディションでしたが、開始後すぐに大雨となり、ウエットコンディションになってしまいました。
 ところが、ある程度タイムを出したところで、88号車のミッションの調子が悪くなりました。6速が入らないというのです。88号車は午後の予選までにミッションをオーバーホールする事になりました。
 練習走行の結果は87号車が2分26秒879で6番手、88号車が2分28秒782で10番手、66号車は2分30秒426で14番手という結果でした。これはウエット路面でのタイムであり、午後の予選はドライとなりそうなので、各車セッティングを見直します。


 練習走行が終わるとさすが熱帯気候で、瞬く間に路面は乾き、完全なドライとなりました。午後1時30分からのピットウォークは多くのマレーシアのファンがピット前に来て、マシンを撮影していきました。
 午後2時15分から始まる予選は、30分間の混走と10分間のGT300占有走行があり、路面状況は安定している事から各車この占有時間帯に勝負をかけるようです。
 心配された、88号車のミッションオーバーホールですが、予選開始1時間前には作業を終了し、予選に備えて全てのチェックをすることができました。
 ドライでは3台とも上位に進出する事を念頭に、66号車は山西選手が、87号車は井入選手が、そして88号車は松田選手がそれぞれアタックをかける予定です。


 予選が始まると3台ともすぐにピットアウトしていきます。30分あるので、ドライバーは2名とも予想基準タイムを楽々クリアして、占有走行時間のアタックの準備に入ります。そして占有時間帯となりました。
 88号車はセッティングが決まらず13番手となりましたが、66号車は2分11秒435で6番手、そして87号車はただ1台2分10秒を切り2分9秒862で予選トップとなりました。
 スーパーラップは上位8台が参加し、午後4時20分から始まりましたが、66号車の山西選手は2分11秒423で6番手、最後に走った87号車井入選手は痛恨のスピンでタイムを大きく落とし7番手となりました。ところがこのセッショントップの2号車が予選終了後の車検でスポーティングレギュレーション50条5項の違反(ウエイトハンデの重りの搭載位置違反)により失格と裁定され、明日の決勝は66号車は5番手、87号車は6番手スタートとなりました。


かわら版担当のレース参戦記 第4戦マレーシア

 日曜日は午前10時45分からのウォームアップ走行から始まるので、比較的ゆっくりのスケジュールです。天候は晴ですが、明け方に降っていた雨で、コース上の所々に水が残る状態でした。ウェット宣言が出され、各チーム浅溝タイヤを装着してコースに出て行きましたが、まもなくスリックタイヤで走行するように。
 しかし終了5分ほど前から再び雨が落ちて来て、たちまち豪雨になりました。熱帯地方特有のスコールです。コースの一部では路面が完全ウェットになり、スピンアウトする車両も出ました。その後雨は落ち着き、サーキットサファリも行われました。
 このセッションでは87号車が2分13秒707で6番手、66号車は2分14秒205で9番手、そして88号車は2分15秒926で15番手というまずまずのタイムでした。
 昨日の結果で66号車は5番手から山西選手がスタートドライバーを担当、また驚異的なタイムを出して予選1位通過の87号車は、6番手からでスタートドライバーはもちろん井入選手が担当します。88号車は13番手で、スタートドライバーは松田選手が担当することになりました。


 決勝は午後4時からという遅い時間。少しでも暑さをしのげればという配慮です。12時40分からのピットウォークも短めの40分間で、これも暑さ対策です。今回実は当チームにはレースクイーンが一人も来なかったのですが、JLOCのピット前はいつもランボルギーニを一目見ようという人で混雑していました。
 午後3時5分過ぎから8分間の短いフリー走行があり、その後マシンはグリッドに向け再度ピットからスタートしていきました。今回のレース周回は54周ですが、GT300クラスのトップは49〜50周でゴールと予想されるので、JLOC各車はほぼ半分の25〜27周でピットインの予定が立てられました。
 午後4時前、いよいよフォーメーションラップが始まり、1周してスタートしていきました。1周目、66号車は4番手、87号車は5番手で帰って来ましたが、3周目に88号車が緊急ピットインしてきました。やはりミッショントラブルですぐには修復できず、残念ながらここでリタイヤとなってしまいました。


 66号車と87号車の勢いは止まらず7周目に66号車が3番手、13周目には87号車が4番手となり、しばらく3、4番手の単独走行が続きましたが、20周目にはついに66号車2番手、87号車3番手となりました。
 66号車は24周目早めのピットインをして、余郷選手に代わり、リヤタイヤのみを交換して出て行きました。87号車も26周目にピットインして和田選手に交代しましたが、ここでエンジンが再スタートできないトラブルに見舞われてしまいました。ピット内での必死の作業は永遠の時間のように感じられましたが、やっと送り出した時には、とっくにレースの勝負権は失われていました。


 66号車はピットアウトしてしばらく6番手を走っていましたが、30周目に5位に復帰しました。87号車は周回遅れでしたが完走に向けて淡々と走っていました。66号車はそのままの順位で50周を走り切り5位でフィニッシュ。87号車も15位で完走しました。
ちょっと残念なレースでしたが、次回以降に期待が持てる内容のレースでした。


かわら版担当のレース参戦記 第4戦マレーシア


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